2008年12月09日
真実を無視して語りつがれた平和
今年の12・8集会は、「沖縄戦を沖縄北部からとらえた はじめてのドキュメンタリー映画」を制作した沖縄・名護市に在住の輿石正さんを招いて開かれた。
集会は、北海道平和運動フォーラム、戦後60周年・北海道行動実行委員会の主催で自治労会館4Fホールに200人が参加した。
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開会あいさつ・司会は、日本の戦後責任を精算するため行動する北海道の会共同代表の小林千代美さん。
主催者代表して、道フォーラムの山田代表は、「NHKの大河ドラマの篤姫は、徳川幕府が倒されるまでを描いている。その後の明治政府は富国強兵策により軍部が独走しアジア・太平洋戦争に駆り立てられていく」と時代背景について話し、「平和を感じるのは空気と同じ。なくしてから気づくのでは遅い。もう戦争はしないと語りついでいこう」とあいさつした。
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講演の前に輿石正さんが制作した「未決・沖縄戦」のドキュメンタリー映画が上映された。その概要は、①3つの沖縄県民大会、②北部での戦闘と軍名、③証言者の語り-(1)戦争へ(2)戦場で(3)ハンセン病療養所愛楽園での戦争(4)逃げ惑う人々(5)収容所(6)虐殺・レイプ(7)朝鮮人慰安婦・朝鮮人軍夫(8)強制集団死、④歴史教科書の捏造と背景としくみ、である。この映画制作を通して、輿石さんは、「取材を申し込んだのは32人にのぼる。いまなお拒否せざるを得ない人のなんと多いことか。体験者にとって沖縄戦がいまだ終わっていないことを如実に物語る」と感想を語っている。
↓「未決・沖縄戦」のドキュメンタリー映画のHP
http://www.edic-121.co.jp/
戦争の総括がされないまま「平和」が語られている
輿石さんの講演は、参加者1人ひとりの平和の想いや考えを問い直す内容であった。
証人者の朝鮮人慰安婦であったおばあちゃんは、「自分が死んだら証言を使っていい」
という考えを変えない。朝鮮人慰安婦の扱いは、個人、養老院で働かされる、日本軍の下級兵士の相手、米軍野戦病院で米軍の相手にさせられる、のが当時の現状であった。軍の幹部は日本人慰安婦が用意されていた。おばあちゃんの証言が明らかにされると、「慰安所の切符をきっていた日本人は誰か」などさまざまな真実が明らかになり、迷惑をかけることになる、と心配しているのだ。
戦争の総括がされていないため、おびただしい語られない「証言」が証言者の背後にたくさんある。その真実を無視して「平和」が語られている。
沖縄は反戦・平和の島ではない!若者を置き去りにしてこなかったか
強制集団死が何故、実行されたのか。一つに、軍事秘密を守るために住民を殺害したことを隠すために住民が自害したと流布された。二つに、旧軍人援護法が1957年から住民にも適用されるように拡大された。そのため、軍の命令で集団自決した住民、ガマ等から追い出され死においこまれる危険を被った住民が対象となったことから強制集団死が明らかになった。
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【画像】輿石正さん
自分は高等予備校の教師をやっている。生徒たちには、自分の言うことが「わかりにくい」と言る。沖縄の若者たちを置き去りにしてきたのではないかと思う。
今、強制集団死への国・軍の関与の否定、歴史教科書の捏造、さらに「日本は侵略戦争をしていない」と田母神元航空幕僚長の発言などは、国の犯罪行為を隠蔽し、沖縄戦の実相も歪めるものである。
右翼思想の小林よしのり氏の講演会に1,500人が集まりホールに入りきれず、本はベストセラーとなっている。「沖縄は反戦・平和の島ではない」と自覚すべきである。観光名所となった戦争跡地を見学するだけでは沖縄を理解できないと思う。
現在進んでいることを止めるためには努力が必要。若者にていねいに語り、振り向いてもらい、共有できることから初めていくしかない。
この提起は、今の労働組合運動の現状を変えていくためにも大いに役立つものである。

