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【コラム】「忙中余話」 2005年度

● 2005年1月1日(雑記長)
 新年あけましておめでとうございます。
 ご家族の皆さんと明るい正月を迎えることができましたでしょうか。
 最近 ブームということもあり私の周りにもペットを飼っている方が多くいるようです。
 『裏の畑でポチがなく・・・』のポチは、亡くなってまで主に報いる花咲爺さんの忠犬ですが・・・
 最近有名な『ポチ』は、強きに諂(へつら)い弱きを挫(くじ)くばかりか、「人生いろいろ」など迷言・失言・放言の数々、
 そうです!!
 この『ブッシュのポチ』は、国民生活に負担・不安を押し付け、平和と民主主義も危うくしています。
 私たち公務労働に従事する者に対しても、次から次へと・・・
 さらに・・・ポチの仲間の某有力国会議員が『自治労は、3年でつぶせる』と言ったとか・・・ということも仄(そく)聞しました。
 こういうポチたちをいつまでも放し飼いにできない!!
 今年もがんばろう!と
 一年の計は元旦に・・・


● 2004年12月21日(友利一男)
 あっという間に今年もくれようとしています。
 毎年の正月早々、私は何かしらのトラブルに見舞われています。水道管の凍結・転倒による骨折・はては手術等々といったたぐいで、正月はいつも緊張しているのですが、今年は平穏な新年を迎えることができました。新しい年が近づいてきていますので、また心配な日々を送ることになりそうです。
 「正しい日本語」「知っておきたい言葉の意味」などの本が売れているそうです。よく「さっぱりスリムにならないね」と言われますが、その度に「毎日が、やせる重いだから」と応じているのですが、適当な日本語の使い方をしていると、いつか小泉首相みたいに「人生いろいろ・・・」などいい加減な言葉を連発しかねないとちょっぴり反省。
 五役の一員になって二年目、「重さは十分にある副委員長」ですが「重みのある副委員長」と言われるようにがんばります。
 どうか良いお年を・・・


● 2004年12月11日(出村良平)
■6月の「忙中余話」で「鉄砲玉」の異名をいただいたが、妙に懐かしい気分でいた。子供の頃に母から「鉄砲玉」と呼ばれていた時期があったからだ。遊びにでたら、夕食時間を過ぎてもなかなか帰ってこなかった。それにしても選挙の度に「鉄砲玉」になったら、社会の迷惑ですね。財政局の皆さん、ごめんなさい。■連合北海道が取り組んでいる新潟中越地震支援ボランティアには、道民の皆さんから予想を越え応募があるそうだ。自治労からも第一陣に九名の仲間が参加。「自己責任」が強調される世相で、助け合いの運動が広がりをみせていることはうれしい。支援活動は、時間が経過したこれからが大変。自治労のがんばりもこれからだ。■先日、石川女性部長のふるさと・虻田町労連結成33周年記念レセプションにおじゃました。災害復興のパワーに労働組合の力を感じた。杉上委員長はじめ、みなさん、お世話になりました。これからも共にがんばりましょう。


● 2004年12月1日(山形千都子)
 続けて三回、函館に行く機会があった。三回目はさすがに体力に自信がなくなりグリーン車にした。しかし、座席の規格は大柄な男性を想定したもの。靴を脱いで足置きを使おうとすると足の長さがたりなくて腰に負担がかかる。寝不足解消にウトウトすると座席が広くて首が真横に倒れ、目が覚めと壊れたロボットのように少しずつ起こして、やっと頭が定位置に戻るという始末。
 結局、熟眠も出来ずあちこち体が痛くなってしまった。エコノミーサイズにはエコノミークラスが合っているようである。次回は普通車でできるだけ車内散策をしながらエコノミー症候群予防をしよう。大は小を兼ねると言うが、過ぎたるは及ばざるが如し・・・の結果であった。女性規格の座席や車のように座席が前後にスライドすると都合がよくなるかも。 
 このような要望も女性の出張や旅行が増えると案外早く実現するような。定年して気ままな旅を始める頃には実現することを期待しよう。


● 2004年11月21日(大場博之)
 先日、マイカーに乗り千歳空港へと出かけた。久しぶりの良い天気で絶好のドライブ日より。鼻歌交じりで走っていた、しかし、何かがおかしい。どうも、しっくりこない。しばらく走って、「あっ」と思いだした。入れ歯が入ってない。しかも、前歯。このままでは、とっても東京には行けない。
 車をUターン、ギリギリで間に合い事なきを得たが、最近よくこのような事があり頭痛のタネになってしまった。昔からの不養生がたたって少しずつ虫歯に犯され、治療をしてきたが、とうとう前歯を一辺に3本も抜かれてしまった。結果、初めての「入れ歯」生活となってしまった。
 医者から、保険にしますか?それとも保険なしでやりますか?と問われ、迷いなく保険でと言ったものの、もう4ヶ月になるのに未だ慣れない。入れたりハズしたりといつも気になる。やっぱり、安いとダメなのかな?以来、朝の点検は、財布、手帳、そして入れ歯。皆さんも歯は大切に。


● 2004年11月11日(井上昭弘)
 11月4日、上川町職の賃金学習会へ出向いた。地域給与の導入の問題点について話した。当初は青年部の企画だったが、基本組織も一緒に開催する運びとなったという。約30人の組合員が、仕事が終わってから役場の会議室に集まり、弁当を食べて待っていた。話は1時間ほどで終り、4グループに分かれて、分散会が始まった。私も参加した。講演を聞いての感想や人事評価制度についてどう思うか、財政危機はなぜ生じたか、など短い時間でそれぞれ意見を述べ合った。学習会といえば、一方的にしゃべり、一方的に聞き終わってしまうのが通常だが、このように参加者が自由に討議する時間を確保したのはすばらしいことだと思う。
 地域給与導入はあからさまな地方公務員給与の切り下げである。上川町職のような分散会とセットの学習会が全道津々浦々で開催されればこの闘いは間違いなく前進する。そのために道本部は一層努力しなければならない。


● 2004年11月1日(駆け出し教育情宣部長)
 「男のくせに」育児休業を取ってから3年。子供も今や保育園で立派なガキ大将。子分を従え遊び回っている。ちなみに女の子。男だと思った人、固定観念ない?
 さて、9月の道本部大会から「自治労北海道」を担当することに。決して編集事務に追われるだけの日々にしたくない。が裏腹に、今、求められる情報は何なのか。伝えることの大切さ、難しさを痛感している。まずは先輩のまねごとから。
 猛暑の夏から気付けば初雪が。静かに、しかし確実に季節は変わっている。振り返って自分の労働運動はどうか。変わらないものを求め、変わらない運動になっていないか。働く人が社会や職場に求めるものに、季節と同じく、時とともに変わるものがあるのも必然。ならば自分と職場の距離に敏感でなければと思う。評論家でも傍観者でもなく、いつも職場の視点で情報を伝えていくことを心がけていく。誤字脱字を含め皆さんからの意見が力になると信じて。


● 2004年10月21日(谷川広美)
 教育情宣部担当になってから、早いもので一年、毎日が勉強だった。
文章を書くのが苦手、写真もどうなることかと心配したが、締め切りに追いかけられながら、なんとか乗り越えてきた。
 一年間の成果は、写真をデジカメでとるようになり、お店でDPEしなくても(売り上げ減少で、ごめんなさい)、印刷会社に入稿できるようになり時間の縮小ができたこと。 
 しかし、人事異動は無常なもの。一年間、私をおだてながら、時には厳しく、「記事は短く短く、長く書いても読んでもれない」と指導してくれた井上情宣部長との、編集ペースもできてきた矢先、たった一年で賃金厚生部長に配置転換?してしまった。けれども井上さんには、ただただ感謝。 
 新情宣部長は古郡(ふるごおり)修さん。3年前、7月の機関紙に、特集「男だって育児休業」7カ月取得の記事で掲載、紹介された人。育児休業とろうかなと悩んでいる男性のみなさん。相談に来ませんか?

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2004年10月25日 21:13に投稿されたエントリーのページです。

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